次男の見舞い帰郷  

10/11 宇治川音楽祭の出演が決まった
neck lowgan pr

コロナの影響でまだ予断を許さないが来月下旬から準備を開始する 
去年出演していた秋の祭りやイベントは全て中止となり
今年はこれ1本になるかもしれない

土曜の夜に次男が見舞いに帰ってきてくれた♪
もちろん筆者ではなく、春馬ロスで悲しみに暮れる家内の事でだ
日曜の朝から次男に手伝ってもらい、前から気になっていた
暗かった車幅灯(スモールライト)をLED化にした
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昼は久しぶりに餃子を50個作って食べた♪
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夜は焼き鳥屋へ行きその足で次男は帰った
春馬ロスの家内と次男ロスの自分が残った
気晴らしに車を転がし駅で暇をもて遊んでいるタクシードライバーに1時間程喋って帰ってきた

今日27日は足の診察、手術から2週間と4日、レントゲンを見ながら
骨は引っ付き掛けているとの事、傷も綺麗です、と
来週から少し体重をかけれるので仕事の復帰は来週ぐらいにと説明されたが
もう復帰していますとは言えず、目は泳げど「そうですか、わかりました」と言うのが吉

リハビリで入院時に担当してくれていた社会人4か月のお姉さんに再会した♪
足の指の間とかもっと念入りに洗っておくべきだったと思った

復帰  

丑の日、うなぎを半分に切り、丼にして食べてたら
「それだけで1000円や」と言われました、樋口です。

17日に退院をし、20日に試運転をし、21日火曜日に仕事へ復帰した
医者曰く手術から早くても4週間~6週間でやっと体重の3分の1を掛けられるので
それまでは仕事をしないようにと言われているのだが
9日の手術から4週間後って8/6、そこまで精神的に持たない
経済的な問題なら究極、息子のスネをかじれば良いので問題ないが
せっかく掴んだ顧客が離れてしまうのではないかと思ってしまう神経が持たないのだ
てなわけで術後1週間と5日で復帰した
ただ、できるだけの準備は万全にやろうと思い、垂水八幡神社で厄払いをしてもらった♪
仕事量も夜までは完全全日予約のみとし、夜はお店まで車を降りて「お待たせしました~」と
行けないので到着したら電話を掛けて呼ぶシステムに協力してもらっている
常連さんから骨折の具合等を聞かれるので手術後の写真を車に乗せ信号待ちで見せて説明している
お釣りを取らずに置いていく人が多いような気がするのはそのせいなのだろうか・・・

助手席には松葉杖を置いているので後部座席しか乗れない
どうしても助手席に乗る場合は仕方なく松葉杖を抱えてもらっている
それにも関わらず2時間後にまた電話で呼んでくれた
「今度は俺が松葉杖席に座るわ」とありがたい限りだ

そんなこんなで暫くR2-D2状態ながら慎重に仕事復帰を果たし生きとります
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春馬ロス  

めちゃくちゃ怖かった抜糸が無事に終わった 
スネ毛を抜く程度の痛さで診察台で頭を抱えて目をつぶって
今か今かと思っている内に終わっていた

一昨日に家内が大ファンだった三浦春馬さんが亡くなった 
それが原因で家内はずっと泣きどおしで御飯も作らず食べず慰める言葉も無く過ごした 
自分も家内の影響で知っているのでショックで惜しく残念な気持ちになった
しかし、そこまで悲しまれると合法な浮気と言えるかもしれないが弱っているので可哀そう

気晴らしに西区にあるカフェ「たんぽぽ」へかき氷を食べに連れて行こうと
いや、車に乗せてもらい連れて行かせてやった
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メロンのかき氷1100円、もものかき氷1050円
まぁまぁお高いが抜群の美味しさ♪

「めちゃくちゃ美味いな~」
「私、もうこれ以上いらんわ」
「マジで、半分しか食べてへんやん」
「もうあげるわ」
「じゃ、食うで」

1人前半食べた♪
メロンも桃も歯の隙間から押し出す事ができる程よく熟しており
きめの細かい氷は綿菓子のようだった

不安だった抜糸も終わり、美味しいかき氷も食べて気分もすっきり満足♪
あ、家内の春馬ロスは当分続きそう
今もワイドショーを見て泣いてはる。。。

西川きよしになる  

昨日退院してきた久しぶりの家での晩御飯は
美容院帰りの家内から「晩御飯何がええ?」と電話があり「焼肉」と答えた
18時ぐらいに「ステーキ買ってきた」と家内が帰ってきた
フライパンで焼いて皿に乗せ、フォークとナイフ
それなりに気を利かしてくれたのだと思いながらステーキを切ろうとするが切れない
厚さ7㎜ぐらいの薄っぺらいステーキなのに筋だらけで切れやしない
入院中に履いていたサンダルを思い出す
家内も切れず「料理バサミで切ろか」と言うが「頑張ったら何とか切れるわ」とギコギコし続けた
「この音が苦手やわ」としかめっ面で言うが、そんなん仕方ない 
俺が買ったんちゃうし、焼肉って言うたやん!とは言えず言わず何とか食った
「やっぱりグラム280円のステーキはあかんな」と言う
それは黙っとけよと思った
罰ゲームのように食べ終わって一息ついた時に
「ステーキガストでも行ったら良かったな」と言うので
「ほんま、それやで!」と返した

今朝、骨折した方の足をクッションに乗せ寝ていたら
つま先を頭の方へギュン!と歩く家内の足に接触した
「イター!」と激痛が走り丸まった
「ごめん、大丈夫?」と慌てていたので
痛かったけど気を使わせては可哀そうだと思ったので
「おぉ、大丈夫や」と返した
その時の自分は限りなく西川きよしみたいだった

9泊10日のGO TO トラブル  

月曜に骨折し、火曜日に検査、水曜日に入院し、木曜に手術をして
翌週の金曜日に退院してきた♪

手術当日、朝6時に紙パックに入った謎の飲み物を2本飲むようにと渡される
9時に手術室の前に運ばれ、テレビで見るような大きな扉が開かれる
女子1人、男子3人、いずれも25歳ぐらいで明るい笑顔で迎えてくれた
軽い感じの兄ちゃんから麻酔の説明をされ同意書にサインをし
点滴をしますね、とお姉さんと言うかお姉ちゃんが点滴をしている時
心の中で「まるで理科の実験のフナみたいや」と思った以降の記憶が無い

目覚めたのは入院部屋、あちこち管が入っていた
毛は剃られていなかったことをパンツの上から確かめるやいなや
激痛が足首を襲う、万力で足首を潰されているような痛みで呻き声が出てしまう
相部屋なので他の人に迷惑が掛からないようにと思うが、息を殺し痛みをこらえると
呻き声が出てしまう、ナースが「痛み止め入れましょうか、ただ薬が切れるとこの薬は
連続で入れる事ができないので一定の時間が経つまで痛みを耐えてもらう事になります」と
それか今、我慢できるとこまで我慢してから痛み止めを入れるか、の提案をしてくれた
後で楽な方が良いと思ったので

「我慢します!」

と答えた
痛いながらも心の中で「今の俺、ちょっとかっちょええんちゃう?」と思った

この痛みを後どのくらい我慢すれば良いのだろうか・・・
どんどん弱気になる、まだ5分程しか経っていない

「痛み止め、入れてください!」

我慢しますなんて言わなきゃ良かった。。。
しかし、なりふり構ってはおれない痛みなのだ
骨折入院手術

痛みが取れると、次は尿道に入っている管が気持ち悪くなる
23時ごろまた痛みが襲ってきた
激痛ではなかったので耐えた、痛みで一睡もできず朝を迎え
6時ごろ、どすこい体格の良いナースに痛くて寝てませんと言うと痛み止めを入れてくれた

朝食の前に「気持ち悪いでしょ、ちょっと我慢してね」とちんこの管を抜いてくれた
「んが!」・・・と痛く気持ち悪い刺激で自分にもわからない声が出る
「気持ち悪かったね」と子供もあやすように
どすこい体格の良いナースが気遣ってくれた「ほんとに君で良かったよ」と思った

手術後は時々謎の点滴をしてもらい、検温、血圧等を計り
食後に3種類の薬を飲み、15時から40分ほどのリハビリが日課となった

大きな楽しみの一つになるはずだったナースのパンツラインは見る事はなかった
ジャージみたいな生地、バスケット選手が履くような長ズボンのコスチュームだった

入院してからお風呂に入っていない、体を拭く事はできるが頭を洗っていない
この度は変な汗をしこたまかいている故、頭が皿うどんみたいになっている気がして仕方がない
「頭を洗いたいです」と言うとシャワーを使えるように準備して連れて行ってくれた
足に水が掛からないようにビニールやバンドで固定し、脱げますか?と言われたので
はい、と上半身を脱ぎ、パジャマの下を脱ぎ、パンツ一丁になってもじもじしながら
「あの~・・・これってお姉さんも一緒なんですか」と尋ねると
「1人で大丈夫ですか?」と聞かれたので
「あ~大丈夫っすよ、なんかちょっと恥ずかしいですね」と52のおっさんが答えた
ナースは何かあったら呼んでください、と視界から消えた
久しぶりのシャワーは最高に気持ち良かった
これでもかと言うぐらいちんことケツの割れ目を洗い
髪の毛もサラサラになり皿うどんが湯がく前のそうめんになった♪

リハビリの先生の1人に長男の同級生がいた
同じ少年野球チームであり、よく知っていたので病室まで尋ねてくれた
筆者のリハビリ担当は就職してまだ4か月のお姉ちゃん
一生懸命に答えたいのでお姉ちゃんに少しでも気に入られるように必死で言う事を聞いてリハビリをした
長男の同級生とすれ違うたびに「明日はムーンウォークの練習するわ」
「もう少しでコザックダンスできるわ」とからかっていた

カーテンで仕切られただけの4人部屋の病室はいろんな人が入れ替わる
3日目の夕方、向かいのお爺さんは聞くに耐えない汚い屁をこいて必死に笑いをこらえていた
自分は多分そのお爺さんよりも必死に笑いをこらえていた
6日目、部屋の移動があった、となりのお爺さんは認知があるみたいで夜中ずっと
ビニール袋の音や引き出しの音を立て丑三つ時にやっと静かになったかと思うと
ギギギ、ギギギ、ギギギをカエルが鳴きだした
部屋にカエルがいると思ったら隣の爺さんの歯ぎしりだった
絶え間なく、リズム良く変化なく繰り返す歯ぎしりを1時間ほど聞いていたら
吐き気がしてきたので部屋を出て待合所で本を読んだりした
しかし不思議な事にその日だけで収まり、後の二日は普通だった

病院食は薬でもあるので残さず全部食べた、他を知らないが美味しい方だと思う
入院食事

そこの食堂のおばさんによく乗ってくれるお客さんがいるので仕事が終わる時間を見計らって会いに行った
10分ほどベンチに座って喋り、また復帰したら連絡しますと見送った

退院する前に散髪もしておこう♪
いつも行く美容院は駐車場が遠く、階段があるので事情をメールして
病院内にある散髪屋へ行ったら
時々カラオケ屋から乗ってくれるお客さんだった、お互いびっくりした

そんなこんなで時は過ぎ、退院となり
ナースステーションへお世話になりましたと挨拶をすると
「コザックダンス見たかったのに」と言ってくれたナースがいた
病院玄関で長年警備をするおじさんに「また復帰するので」と帰ってきた
多くの方に心配してもらったり励まされたり、ありがとうございました。
これからはメカゴジラならぬ、メカヒロシで出来る事を探しながら
生きていこうと思います。 
どうぞ今後ともよろしくお願いします。

検査に次ぐ検査    

朝一で総合病院へ行ってきた、昨日撮ったレントゲンと説明書を見て手術を勧められ 
それに向けて検査の連続、検尿、採血、心電図、レントゲン、CT・・・
朝8時半から昼前まで掛かった

骨折箇所は2ヶ所あり、ひとつは砕けて放置するしかない
もう一つはくるぶし側の骨、ここはよく折れる箇所らしい
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結構重症で引き吊りながら歩いているのに驚かれたが
この写真を見て説明された途端、力が抜けてしまい松葉杖無しでは移動できなくなった

プレートで固定する手術は全身麻酔になると言われた
1~2週間で退院するが、体重を乗せて歩けるようになるには2~3か月掛かるらしい
まさかそんなに仕事を休めないと思ったけど言っても仕方がない
明日入院、明後日手術、入院も手術も初体験だ♪入院のしおりを渡された
何をして過ごそうか、家族以外は面会禁止、家族でも10分
売店は14時閉店、消灯は21時・・・悟りを開いてしまいそうだ

イノちゃんが入院していた時、毎日の楽しみはお姉ちゃんのパンツのラインを見る事だと言っていた
パンツのラインは見たくても扇の形までは見たくないと思うのは矛盾するのだろうか
自分は扇までは見せてくれるな派なのだ

剃毛はゴリラが良いのにパンツラインはお姉さんが良い
そういえばゴリラのようなおばちゃんは見当たらず 
剃毛はどんな人が来るのか不安が残る
東曰く、ケツ毛は抜かれるらしい、そんなアホな、と思うけど
ほんまやったらどうしようと思ってしまう追い込まれた自分がいる

試練  

雨の朝、車まで傘をささずに小走りしたらツルリと滑って転倒した 
その際、足首に全体重が乗り、つま先が良からぬ方向へ・・・

THE 骨折!

耐油シューズを履いていればと悔やまれる
何とか午前中の予約の仕事をこなし
整形外科の午後診察へ行ってレントゲンを撮ってみたら
くるぶし側の骨が折れて外側に向いていた
ボルトを埋める手術が必要で、明日レントゲン写真をやいたCDと説明書を
持って大きな病院へ行く事になった
車が治った次は自分か・・・

家内に事情を説明して付いて行くように頼んだら
「予定入れられへんやん」と言われる始末
本当に優しさが身に染みて殺意が沸くほどだ

手術から復帰まで早くて2週間らしい
ギプスで固めて治す方法もあるが、ちゃんと治らない上に時間が倍以上掛かると言う

今月予定していた
スタジオ、バーベキュー、あっぷ神鍋ダウンヒルが全て水の泡となり
がっかりさせてしまった

入っていた仕事の予約も事情を説明して断った
今週は県外へ行く仕事が2本あったのに致し方ない

考えても始まらない、初めての入院は不安でいっぱいだ 
東に聞くと陰毛を剃るらしい、できたらゴリラみたいなおばちゃんにしてもらいたい
若い子が来たら「チェンジで」と言おう
ボルトを入れたらサイボーグ気分になるのかな
関節からミサイル発射は憧れる、そんなオプションあって欲しい

爺さん(タクシー)、完治  

個タク開業して1か月が過ぎ6月の走行距離は6000キロを少し超えた 
おかげ様で売り上げも好調、それよりも無事故無違反である事が何よりだ♪
車も今日で完治した、足回りはしっかり引き締まり、異音は一切無く、自動ドアも治った
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ナンバープレートが4123(よいにいさん)なのだが、古いから「ヨイジイサン」
なので営業車を「爺さん」と呼び、筆者が休憩を取ると言うよりも爺さんに少し休むか?と聞いてみたり 
急坂を登る時は「ちょっとだけ頑張ってくれ」というような具合で
爺さんをいたわりながら仕事をしている
そんな日常で不具合が出たのならこれからも惜しみなく修繕してやりたいと思う

いざ100万キロ目指して我ら行く♪